top of page

Short TEXT

──罪とは贖わねばならない。
 贖いが無意味であったとしても、報われなかったとしても、抗う義務がこの世界には課せられている。
 私は贖いの時を待っている。
 罪の清算を認められるその断罪の時を心待ちにして目を閉じる。
 果たして、彼らはそれを理不尽だと嘆くだろうか。
 当然だと嘯くだろうか。
 それとも……。
 これは、奇跡という罪の代償を、戻ることのない時間を、刻まれた烙印を背負った人間の足掻きを記したその一片である。

【第1話】

「いってきます!」
 地面に足を付ければ朝露で柔らかくなった土の感触。爽やかな朝の太陽は村から王都を一直線に照らして、今日の始まりを讃えている。
 ヘルトが身にまとう白色の隊服も、繊細にあしらわれた金色の刺繍も太陽の祝福を受けていた。当然、ヘルトの象徴である真っ赤なプリズムも胸元でキラキラと陽光を反射して輝いている。
「ヘルト、おはよう!」
「おはよ、おばさん! この前教えてもらったレシピ、めっちゃ良かったよ」
「この前もまた魔精を倒したんだって? アンタがいれば安心だね」
「俺だけの力じゃないけどね、また何かあったら教えてくれよな」
 村の人々は彼の姿を見て、家畜や畑の世話の手を止めて口々に声をかけた。はつらつとした声と笑顔で返事をした青年──ヘルトは小走りで挨拶を返しながら王都へ向かう。
 畑の景色から徐々に建物が増えて城下町へ。大きな城を中心に様々な施設が並ぶ王都は、ヘルトの村に比べて魔法機械が発展している。通りを走る魔導機関を動力とした車や、施設は王都特有のものだ。
 王都は城をぐるりと囲うように発展した地域で、ヘルトの住む村がある東区は活気あふれる商店街がある。城の正面にある南区は教会や学校などの公共施設が、西区は貴族の屋敷などが並ぶ高級住宅街が、そして城の裏側にあたる北区には劇場や酒場とそれぞれの地域に異なる特徴があるのだ。
 東門の衛兵に挨拶をしてヘルトは城の端にある訓練場へ向かう。芝生が多い敷地内で唯一のグラウンドだ。木刀の音が響く訓練場に顔を出せば、髪を短く刈り上げた青年がぱっとヘルトを見て瞳を輝かせた。
「ヘルト! 久しぶりだな!」
「ああ、こっち任せっきりで悪いな、ユース」
「水臭いこと言うなって、カラードとしてのお役目がお前にはあるんだからさ」
 騎士団の黒い隊服をシワ一つなく着こなしたユースは、ヘルトがまだ騎士団にいた頃の同僚であり友人だ。こうして訓練に顔を出すヘルトを快く迎えてくれている。ヘルトがカラードに選ばれたことで小隊長に昇進した彼の胸章は、まだ鈍く光っていた。
「それじゃあ、今日も少し遅れちゃったけど訓練を……」
「ヘルト様、ユース小隊長! お話中失礼します!」
「どうした?」
「向こうでメイズ様がヘルト様をお呼びです」
 二人に声をかけた隊員が指す先を見れば、ヘルトと同じ白い隊服に身を包んだ長身の男が城のひさしの下で手招きをしている。
「訓練はおあずけ、かな」
「お前にしかできない仕事があるんだ……訓練ならいつでもできるさ」
 気をつけて、とユースがヘルトの肩を叩く。ヘルトはユースと他の隊員たちに手を振って建物の方へと向かった。

 メイズ・トリアルドは緑色のカラードである。深緑のプリズムは初夏の力強い森のようで、本人もその長身と穏やかな雰囲気から長命の大樹のような男だ。事実、カラードとして選ばれてからかなり長い彼は、七人のカラードたちの中でも先生をしていることが多い。
「ヘルトならこの時間でも城内にいると思いました」
 ようやく登りきった朝日は白い城壁を照らしている。ヘルトは自身よりも少し高いところにあるメイズを見上げて、柔らかな目元とその奥にある琥珀色の眼光の鋭さを想う。
「隊の訓練があるからな。そういうメイズは診療所の方、いいのか?」
 南区にある教会で診療所を開いているメイズは、カラードとしての仕事の傍らで医者をしている。後進育成のために教鞭も執っているというのだからなかなかに多忙だ。
「あちらは弟子に任せてきました。それに、夜のうちにあらかた片付けてしまいましたしね」
「……寝てないのか?」
「私たちカラードの体に、睡眠はさほど重要でないですよ」
 人の一生を超える時間をカラードの体で過ごすメイズは、なんともなしにそう告げる。ヘルトと同じ二十代を過ぎた頃に見えるメイズの、時折現れる歳不相応な威厳は常人ならざる長命が原因だ。
 救世の魔法使いのもとに現れるという七色のプリズム「イリディセント・プリズム」に選ばれたのがヘルトとメイズを含めた七人の「カラード」と呼ばれる魔法使いである。
 この世界に存在する魔法の源、魔素を固めた透明の石「プリズム」。この世界では大気中に漂う魔素を扱える人間を魔法使いと呼び、魔法使いにとってプリズムは魔法の出力を安定させるために必要不可欠なものである。また、魔法の使えない人が擬似的に魔素を扱えるようにする動力源でもある。例えば調理のための火や、馬車の代わりの車、明かりなど日常的な用途が中心だ。
 しかし色のついた特殊なプリズムであるイリディセント・プリズムは使用者を選ぶ。ひとりでに仕える魔法使いを選び、選ばれた魔法使いは石との契約のもと体の一部がプリズムへと変化する。それに伴って肉体は年齢による変化を受けなくなり、カラードの役目を終えるまで歳をとらなくなるのだ。イリディセント・プリズムにより強大な力を使えるようになるが、代わりに人ならざる半不死身の体となってしまう。選定基準は未だわかっておらず、次のカラード選ばれた元カラードはプリズム化した己の体の一部と超人的な能力を失いその大半が死に至る。理不尽極まりない一種の呪いだとヘルトは誰かから聞いた。唯一、長い歴史の中で国王の引き継ぐ七色の「ノーブル・プリズム」だけが人間の支配下にあるプリズムと言えよう。
 それでも魔精を退けるにはカラードの力が必要不可欠であり、多くの人々が彼らのことを敬い、慕っている。現在欠席の藍色のカラードも含めて、国防の要なのだ。
「それで、俺を呼んだ理由はなんなんだ?」
「すぐにわかりますよ。ほら、着きました」
 メイズに着いて歩いていたヘルトはいつの間にか城の中心部、玉座の間の前にいた。国内で一等きらびやかで荘厳な扉と、物々しい近衛兵。白を基調とした城内に映える赤い絨毯の上には、二人の揃いの隊服の男が立っている。
「遅い」
「悪い、アラン。訓練場にいてさ」
 白い隊服に黄色いプリズムを着けたアランがヘルトとメイズをぶっきらぼうに迎えた。くくられた金髪がおとぎ話の王子のようだとも称される彼は、一般市民に見せるよりも数段苦い顔である。
「おや、ユナハ。貴方がこの時間に城にいるのは珍しいですね」
「メイズ、ヘルト、おはよ〜。早起きしたからたまにはね」
 紫のプリズムと同色の長い三つ編みが特徴的なユナハがへにゃと目尻を下げて笑う。突然の呼び出しだったためか、普段玉座の間を訪れるときとは違う普段用のリボンを三つ編みの根本につけていた。
 世間話の始まりそうな気配に気がついたアランが、おい、と扉を顎で指す。それを合図に二人の衛兵が重たい扉を引く。
「離せ!! 説明しろ!」
 重厚な扉の先、四人の耳を一人の少年の声がつんざいた。

*
 王都の中心にある城。そのさらに中心にある玉座の間は、正しくこの世界の中心と言えるだろう。
 城の外壁と同じく白を基調とした玉座の間は、部屋の中央にある真っ赤な王座に向かって赤い絨毯が敷かれている。王座の背後には大きなステンドグラスが、そして部屋の中には歴代の国王をあらわすプリズムのレプリカが飾られている。
 柔らかな朝の光を透かすステンドグラスの前に座するのは、三十を超えた頃に見える男だ。王という立場がそうさせるのか、どこか重々しい空気をまとった彼の前に四人のカラードは膝をつく。
「ヘルト、アラン、メイズ、ユナハ。朝からよく集まってくれた。全員顔を上げてよい」
 王の言葉をきっかけに全員が顔を上げる。そうして真っ先にアランが目の前の異常に疑問の声を発した。
「で、そのガキはなんだ」
「ガキじゃねぇ!!」
 五人の空気に一瞬気圧されていたらしい少年が、先ほどと同じ声量でアランに噛み付く。二人の衛兵に押さえられていなければ殴りかかっていたであろう勢いに、王が苦々しい顔でため息をついた。
「……彼が次の藍色のカラード、シラーだ」

bottom of page